移動を旅にする
おやすみなさい
帰省を旅にする
いつものように札幌駅から新札幌駅で降りてバーキン行き、新千歳空港駅で降りて飛行機で帰省するのはそろそろ飽きてしまったので、今回(春休み)の帰省は鉄道旅と合わせることにした。鉄道旅といえば青春18きっぷである。一度くらい使ってみたかったものなので、これを機会に購入した。3日間JR線が10000円で全線乗り放題というのは、改悪されたとはいえどなかなかに破格な価格だと思う。飛行機の片道(新千歳-羽田)がそれくらいかかるので、同じ価格で3日間も自由に乗り降りできるのはなかなかありがたい。しかし、鉄道には飛行機にない弱点も存在する。これは後々響いてくるのだが,,,。
今回の予定は、まず札幌からバスに乗って新函館北斗駅へ。次に、新函館北斗から新青森駅まで新幹線に乗る。そこからは、青森駅から秋田、山形、新潟と日本海側を各駅停車でてくてく南下する予定にした。新潟に知り合いの方がいるので、新潟大で遊んだあと、上越線で上り、地元の駅に到着というわけだ。
最初のバスに関しては、相変わらず時間に余裕を持たない生活をしているせいで、発着の2,3分前にギリギリ到着ということになった。前日に全く準備していなかったのも響き、当日の朝にちょっと早く起きて朝ごはんを食べたらもうすぐの時間になってしまった。急いだせか、ケータイの充電セットを一式忘れてしまい、道中で充電を使い切ったら詰む状況になってしまった。こういうところが本当に良くないなあと毎度反省しているが、変わらない。バスはやはり立てないため、坐骨あたりがだんだん痛くなり、気分良いものではなかった。ただ、安いし鉄道よりは圧倒的に速いので、文句はいえない。運転手さんに一声かけてバス停を降り、新函館北斗駅に到着した。北海道新幹線の終点駅の割には、全く駅前に人気がない。ちょっとした観光施設と物産くらいしかなかった。お腹が空いていたがコンビニとラーメン屋しかなかったので、せっかくなのでラーメン屋にてお昼をとった。今思えばなかなかに贅沢な行動だとは思っている。Twitterで情報収集をしたら、「東京〜新青森駅間で運転見合わせ」の情報が流れてきた。「残念でした。私は新青森駅までしか使わないので、何も影響がありません!!」と、高を括っていた。
そして、新函館北斗駅に着いて、まさかの案内が流れる。「新函館北斗駅より運転見合わせを行なっています」え、、、アレ、ここまで被害が及ぶの,,,。この瞬間、予定が崩れたことになった。さっきまで調子に乗っていた私がバカだった。これでは、北海道に取り残されてしまう。脱北できない,,,どうしようか。こういう時にいつもテンションが上がり、どんどん私のきもちがTwitterにて吐露される。これだからTL荒らしだと言われるのかと、コレを書いてる今、自分の性格に少々腹が立ってしまう。フェリーを提案されたが当日inするのはダメだった。一度帰って家で寝て、大人しく飛行機で帰るのも良さそうだったが、あまりに運賃が高すぎた。すでに18きっぷを買ってしまったので、もう大金を使いたくはなかった。
...ひとまず、いまのうちに計画を確定させたかった。まず、よほど遅れても秋田には着くと考え、秋田のホテルに予約をとった。当初の計画では、ホテル代をなんとしても浮かせたいため、新潟の友人宅で一晩泊めてもらうことにしていたのだが、この遅延はその甘えを許さなかった。結局、最初(新潟の友人宅に凸る前の、初期案)に一度取った(その後キャンセルを入れた)、秋田のAPAホテルに再び予約を入れて、そこで一晩過ごすことにした。それで待つこと数分、「新函館北斗駅から新青森駅までの運行とします」とのアナウンスが流れた。私にとってこれ以上都合の良いことはなかった。ちょうど、降りる予定の駅である、新青森駅で新幹線が止まるのだ。よかった、仙台駅まで乗る計画だったら相当まずいことになっていたぞと、不意に現れるある種の幸運に感謝する。北海道新幹線は、トンネルばかりであまり面白くなかった。たまたま持って行った世界史の書き込み教科書を読んで時間を潰した(小説を持っていくのもよかったかもしれない)。
未知の街に降り立つ
新青森駅を降りてからは、数分乗り換えを待ったのち、奥羽本線に乗って秋田あたりまでこの日は行く計画を作っていた。途中の駅までしか運行されずに乗り換えを長い時間まつのは億劫だと最初は思ったが、どこかの駅に降りてその街を探索するのが一番旅の醍醐味だよなと、この機会を活かそうとポジティブに捉えることにした。まず、新青森駅から弘前駅で降車。たまたまTwitter繋がりの方もちょうど弘前に居たらしい。他にも、札幌から函館まで各停で移動した方もおり、似たような行動をする者が多いのだなと感心した。スマホの充電が限界だったため、Googleマップなしで放浪した。駅を出て、何本かストリートが伸びている。そのうちの一本を辿ってみる。まず、無人の野菜販売所があった。青森といえば、りんごだ!!ニンニクだ!!青森県産の野菜が、思ったよりリーズナブルな価格で売れられていた。ニンニクが1kgあたり1000円くらいだった気がする。さらにその道を辿った。ちょっとしたショッピングモール的な場所があり、試しに入ってみた。どうやら、ロピアもその中に入っているらしい。エスカレーターで上の階へと登ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。「え...?」そのフロアには何もないのと一緒だった。あたり一面が、使われていないギャラリーみたいであり、BGMが流れているだけで人の声が聞こえてこない。ただ、ちょっとした小物品の店があるだけだった。これが地方の商業施設の現実なのかと、この時初めてその実状を直視した。その後、地下におりると、ロピアがあった。上の閑散具合とは全く異なり、ロピアには、警備員や誘導員もいるくらいであり、多数の客が押し寄せていた。どうやら、最近新しくできたものらしい。焼肉用の大型肉や、珍しい魚類、よくわからない大きな惣菜(ハンバーガー??)があったりして、新鮮であった。しかし、カバンがパンパンで、生鮮食品も当然買えない。何も買わずに帰ることも雰囲気上できなさそうだったので、青森の煮干しラーメンのカップラーメンを一個買って帰った。
置いてかれた小さな町
弘前駅を出てからは、同じ方面で「碇ヶ関」行き があり、その後1時間ほどかかって目的地の秋田駅まで運行される列車があった。弘前のようなちょっとした都市ならば、もっと時間を潰すこともできるが、せっかくなら全く知らない場所に行きたかったので、「碇ヶ関」で時間を潰すことにした。鉄道に乗って、碇ヶ関駅で降り立つ。どうも、周りはとても静かであった。雪がまだ残っており、日本海側の東北の小さな町という印象であった。駅を出て右に曲がって歩いてみると、小さなDCMがあった。私の地元の、こういう小さな町によくある「コメリ」みたいな役割を果たしているのだろう。ホームセンターの一面を持ったコンビニというべきだろうか。引き返して、道の駅に行った。そろそろ閉館時間だそうで、長居はできなかったが、道路情報やさまざまなポスターといった、地方の道の駅、という感じでなんだか楽しかった。まだ行ったことない場所の、地方ニュースだとか、イベント案内だとかを見ると、ちょっと不思議な気分になれる。遠い場所での、人間の声が聞こえた気がしてくる。
道の駅をでてからは、適当にフラフラし、秋田行きの電車がそろそろくる頃になって、駅にもどってちょっと休んだ。駅員1人がいる友人駅であり、なんだか気まずかったが、無人駅よりはまだ安心感があった。なにより、ストーブがついていたのが嬉しかった。電光掲示板での案内もあり、駅のある場所にはいくぶん不相応な感じがしたが、これもまた好きである。碇ヶ関駅に降り立ったのは良い判断だったなあと思えた。その後は、秋田行きの電車にのって、2時間ほどゆられた。夜なので特に外を眺めることもできず、持ってきた本を読んで時間を潰すことにした。秋田駅に着いてからは、夕飯をさっと食べて、あとはさっさとアパホテルに向かった。ホテルではスマホの充電器を貸してくれるそうなので、早く充電をしたかったのである。秋田市は、駅を出てからすぐはビルが密集しているわけでもなく、大きな千秋公園があり、なんだかとても広々としていた。こういう「駅前」もまた良いなと感じた。ホテルに入ってからは、チェックインを早々にすまして部屋に入った。カウンターの方が、雨に濡れた僕をみて最初にタオルを渡した、その親切心に感謝しつつ。
日本海とともに
ホテルは早々に出発して、秋田駅から羽越本線に乗る。ここからは、ほぼずっと日本海を見ながら、秋田-山形-新潟と下っていくのみ。個人的にはここが一番旅の醍醐味だと感じている。秋田駅からちょっとしたらもう海が見えた。海なし県出身の私としては、海を見ながら鉄道にゆったりと乗れるのはこれまた嬉しいことであったのだ。ここからは特にどこかで長い間待つこともなく、ただ移動のみであり、書ける内容はあまり思いつかないが,,,強いて言えば、冬の日本海の荒れ具合には驚いた。波がこれまで見たことのないような強さであり、白かった。山形県の酒田市で、途中数十分の待ち時間があったので、駅を出てみた。青春18きっぷのアドバンテージは、乗り放題でありかつ「降り放題」なところであると、この度実感した。酒田市は、山形県の地方都市であるらしいが、駅前は思ったより静かであった。商業施設や観光施設的な、新し目の建物は散見されたが、人で賑わっている気配はなかった。平日昼間であることを考えれば、それはそうなのだが。
酒田駅を発してからは、村上駅までまた長い旅だった。ここからも、日本海側の鉄道にゆられる。新潟に入ると、遠くで島が見えた。粟島であった。いつか、ああいうちょっとした小さな島に行きたいなと思った。本州でもない、小さな世界があるのだろう。そのような小さな島の中でも、過ぎ去っている時間は変わらないのだから、史料があるかは別として、同じように歴史があり、文化があるはずだ。そういうような歴史については個人的に興味がある。
村上駅についてからは、ちょっとあるいて町の定食屋的なところにいって昼食をとった。村上市で働いているであろう作業員の方が集まっており、地域密着型の定食屋という感じで、楽しかった。「町の定食屋」に行けるのも、旅の楽しいところである。コミュニケーションが強い人ならば、そこで女将さんだとか他の客だとかと話して時間を潰し、知らぬ世界に色付けができるのだろうけれども、私は相変わらずのコミュ障っぷりで、結局静かにテレビを見て、安いカツカレーを食べて帰った。決してとても美味しいわけではなかったのだが、温かみを感じられ、しかも具材もたくさんあって安く腹を満たすことができた。
その後は、住宅街を突っ切って鉄道は走った。新潟駅についたのは13:30くらいだった。新潟駅から、新潟大学前駅にいって、同じ高校だった友人とちょっとふらふらした。新潟大学は、見た感じは広々としていたが、施設はどうも古っぽいらしかった。また、新潟大学前駅から大学までそれなりに距離があった。大学を散歩して、友人宅でちょっと休みをとったら、あとは新潟駅まで戻り、長岡駅へ行ったのち上越線で帰ることにした。後半は、もう日も落ちていたので本を読んで時間を潰した。三国峠を越えるあたりの、トンネル地帯の長さはいつも驚かされる。土合駅がよく話題になりがちだが、湯檜曽や土樽駅もなかなかの秘境駅だよなと思う。
帰省して,,,
実家はひとまず安心するものであった(私にとっては)。ゆっくり休み、特に勉強をすることはなかった。移動続きで大変なものではあったから仕方ないよ、と勝手に自分を納得させているのだが、そう甘えられるのも今のうちだと思わなければならない。ちょっとだけ解析力学の勉強をした。今読み進めている本は、やっと本編に入ったみたいだった。相変わらず、F=-∇Uの感じに違和感がつきまとう。そもそもポテンシャルの定義ってなんなんだろう,,,。まあ、エネルギー積分をすれば済む話なのだろうけど。エネルギー積分の話の流れはいまだに慣れないところはある。そろそろ、自分の中で納得を積み重ねたいのだが,,,,。やはり、演習がつきもなのだろう。物理学は数学の演習にうってつけだとどこかで見た。線積分に対する違和感がまだ残っているため、物理の演習もやらないとなと最近思いはじめた。というのも、現段階では演習をスキップしているのだが。何かしらの本を用いて、演習をして理解を積み重ねる努力をしなければいけないのは、大学生活でよくわかった話である。
今日はここまで
合格発表がなされ、日本の大学受験という一大イベントを終えた人間が一気に増えた。もう一年か、時が経つのは早いものである。個人的には、大人と子供の境界としては、大学受験という最大の関門が役目を果たしているのではないかと思っている。受験を過熱するなという声も見られるが、立派な人生鍛錬であり、思い出になりうるものであり、人生を変える機会であり、このくらいの熱量はあって然るべきだと私は思う。当の私は努力ができなかった自分に対して多少なりともコンプレックスを抱えているため、大学生活でそんな自分から脱したいのだが,,,。とりあえず、2年次の目標GPAのような小目標を定めれば、モチベーションもつきそうである。私としては、2年次に専門科目はそれ相応に頑張りつつ、個人的に興味のある解析力学や物理化学あたりも一冊本を読み上げ、演習もこなして身につけるということを前期のうちに頑張りたいと思っている。あと英語力も鍛えたいな,,,,。
久しぶりの更新でした。ここまで読んでくださりありがとうございました。今日からがんばる(N回目)